沈黙~弱さを観ること、聴くことについて

今まで読んだ小説の中で面白かったものを3つ、いや5つ選べと言われたなら・・・。何を選びますか??自分は司馬遼太郎の「竜馬がゆく」、「峠」、檀一雄の「花筐」、ガルシアマルケスの「百年の孤独」、村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」、そして遠藤周作の「沈黙」です。(あっ、6つある・・、あと「三国志」、平野啓一郎「決壊」も入れたい。)今回「沈黙」がスコセッシ監督(デニーロのタクシードライバーの監督)により映画化されたということで我慢できずに早速初日に観に行きました。内容は公開中につき言えませんが、ここ何年かでは評価の高くなるであろう秀作(遠藤周作だけに)ではないでしょうか。テーマは何個もあります。アメリカ映画によくある善と悪がはっきりとしたわかりやすいストーリーではなく、「世の中には100%の正義はなく、自分の信じる正義は果たして他人にも正義なのか?」「宗教における布教は押しつけにはなってないのか」「人の弱さを人が嗤えるのか?」「殉教は強い人がすることなのか?本当は弱さではないのか?」「神に期待したり望んだりするのは宗教として正しいのか?」などなど、観る人によってテーマ、意見が分かれる映画でしょう。自分はキチジローの弱さや卑怯さ、ロドリゴ神父の苦悩に大きな興味を覚えました。人間は本来は弱いもので強い人なんて誰もいないのではないか。しかし、強くあろうとする人、強いと勘違いしている人、弱さを知りながら弱さを隠し強さを演じている人、弱いままでどうしようもなく苦しんでいる人、弱さにあきらめている人など、ベースとして人は弱いが、弱さの中にもいろんな人がいる、そんな風に考えました。一般的には強くなろうと努力している人を応援する土壌はみんなの心の中にあります。しかし、弱さに苦しんでそこから一歩も動けない人に対しての応援は誰がするのでしょうか?ぼくは、医療人、宗教人の役目ではないかと思います。地位や経済力に関係なく、強さの中に潜んだ弱さを見る「眼」とその声を聴く「耳」をぼくらは持たないといけない!そんなふうに思い映画館をあとにしました。皆さんも是非ご覧になって感想を聞かせてください。(沈黙の舞台である長崎県の外海町に「遠藤周作記念館」があります。息をのむような美しい海が広がるところです。こちらもおすすめです。)

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